新劇場版 世界の果てまで行って:破

新劇場版 世界の果てまで行って:破(仮)

このブログは、特撮オタクの私が、5年半努めて勤めた会社をやめて、ユーラシア大陸をめぐる物語である。〈背景のモデルはフルスクラッチです:自慢〉

第二百七十四話 C 32歳の革命 / 灼・熱・都・市

出立40~4日目(通算290~4日目)キューバ15~9日目 サンティアゴ・デ・クーバ1~5日目

 

 

疲れている割には意外に眠れず、バスの空調もアホみたいに効いて冷蔵庫並み、というのは中米のお約束なんだろうか。途中に何度か止まって客の乗り降りがあるが、こんな時間に彼らはどうするんだろうか。

 

マグウェイに至ったところで隣に東洋人が乗ってきた。f:id:haruki0091:20170824084754j:plain

 

朝焼けの時間はどこの国でも美しい。 

 

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サトウキビ?やっぱたくさん作るのね。

 

隣の人物が広げた本が「地球の歩き方」である所で、ようやく日本語で話しかける。短い休暇を利用して海外に出るという、歴戦の勇士Kさんである。

一通りキューバの国や人柄、旅の感想などを述べ合っているうちに目的地へ。少し遅れて13時前後。12時間以上乗っていたことになるのか。待ち時間合わせると……止そう。

 

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サンティアゴ・デ・クーバキューバ第二の都市で、山と海に囲まれた灼熱の地だ。植民地時代の人間が多く、肌の色も濃い。クーバはキューバの意味なので、まぁ、「キューバサンティアゴ」みたいな意味だ。

1515年にスペイン人ディエゴ・ベラスケスによって造られ、1523~56年まで首都として機能。しかし海賊の襲撃も多く受けたようだ。1898年には米西戦争の舞台にもなった。

そして1953年7月26日には、カストロらが、政府軍兵士が集まるモンカダ兵営を襲撃したことから、革命戦争始まりの地ともされている。

これによって現在7月26日は革命記念日になっているので、キューバを語るうえで欠かせない街といえるだろう。

 

カサの決まったKさんと、以前ヒロンでCさんから聞いていたカサが近かったことからタクシーに相乗り。一人2CUC。

 

Kさんも宿が見当たらなかったが、私もまったくわからない。道を聞いても同じ名前のカフェテリアに付く始末。同じ場所をウロウロするのを見かねて、現地人Tちゃんが声を掛けてくれ、しかもカサまで探してくれた。ありがとう、注文付けたとおりに探してくれて……。

 

一泊朝食付き20CUC。どうも相場は25みたいなので、まぁ、良しとしよう。早速観光へ出掛ける。

 

暑い!さっき浴びたシャワーの効果が3分ともたずに消える暑さだ。確かに湿気はないから影に入れば……という例の理論は活きてはいるが、基礎温度が違う。と、とにかく近場から行こう。

 

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「Padre Pico」はこの地区の象徴で、美しい街並みが見える階段だ。うむ、まだ何の感慨もない街だが、確かにいい感じだ。期待が持てるぞ、暑いけど。 

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「Museo de la Lucha Clandestina」

1950年に建てられた警察署で、56年にカストロやチェらM-26のメンバーが上陸する際に政府の目をそらすために待機していた革命軍兵士に襲撃された。革命に関する資料が展示されている。1CUC。向かいにはカストロがかつて住んでいた家があるというが公開されていないというので、f:id:haruki0091:20170824090413j:plain

うーん、多分これかな?わからん。

ちょっと雨がぱらついてきた。恵みの雨か!?

 

街の中央セスペデス広場に到着する頃には、土砂降りで、カテドラルで雨宿り。

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やはりメキシコのものに比べると、内装がスゲーシンプル。

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外観はこんな感じ。翌日の晴れた時に撮ったものだ。

とかやっていると、声を掛けられた。この街に住んでいる日本人のS女史だ。後にカサをやっていることもわかるが、この時はとりあえずいい店があるとカフェを紹介してもらう。

 

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歩行者天国のホセ・アントニオ・サコ通りの、映画館からもう少し行ったところにある「Café Ven」は、おいしいコーヒーが安く飲めるうえ、その他の飲み物も「商売する気がない」価格で売られている。

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確かに、0.25CUCとは思えない旨いコーヒーだ。

 

前述の通り、S女史は長くここにいることから情報に通じているが、市民生活に関しては結構面食らった。

キューバ人の年収は少なければ100CUCと言われているが、野菜の価格は日本とさほど変わらない。つまり、「生活のために何かしらの手で稼いでいる」、「我々の食べる人民飯には何かしらの細工がある」ということになるらしい。

かいつまんで言うと、カサで稼いでいるのは至極真っ当で、官営の食堂なんかは食材を横流しして安いものを仕入れて提供しているし、女の子たちも体を簡単に売る。だから安い食堂では日本人は腹をこわすし、女の子は病気持ちが多いから気を付けろ、ということだ。

女の子に好みのタイプを聞くと、「金持っていて早く死にそうな老人」と答えることもあるという。まぁ、どこまで本当かわからないが、そういう現実もあることをわかってほしい、ということらしい。

住むくらい好きなんだから、言いたい気持ちもわかる。しかし、ここまで見てきたキューバ人たちに悲壮な様子は全くない。助け合いもするし、生き生きしている。日本のサラリーマンよりはるかにパワフルだ。必ずしも貧すれば鈍するわけではない。この国に惹かれる人があるのは、そこに理由があるんだろうか。

 

それにしても人民飯を食っても一度も腹壊してないんだけど、何かアレ、うん、この国も改善してきてるんだな。

 

しかしKさんはスマホ持ってないし、S女史もそれがある前から旅をして挙句に住んでカサまでやってるんだから、相当の古強者たちだ。

「私から言わせると今のバックパッカーは情報に頼りすぎ。みんな行ったところに行って、同じ宿に泊まる。真似ばかりだ」と厳しい言葉も出るS女史。うーむ、耳が痛い。攻略本見ながらゲームやることに慣れているから、余計に痛い。

例えるなら、彼らは昭和ライダーだ。もうゴテゴテした武器無し。シンプルに鍛えることで技が増え、強くなる。道具に頼らないから、ピンチに対する対応力が違う。もう強い。

 

でもね、平成ライダーだって、成長してるんです。形や強さの得方は如何に変わっても、平和を愛する気持ちは……って完全にライダーの話になってるぅううううううっ!

 

誰かが見たから見なくていい、ということはない。この目で見て、手で触れて、匂いを嗅いで、耳で聞いて、舌で味わい、肌で感じる。そうして世界を捉えることが大切なのだ。

 

雨も上がった。街はまた熱気が戻って来る。おい!蒸し暑くなっただけじゃねぇか!雨!

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 マルテ広場まで抜けると、そこは何やら祭りの準備中。どうやら翌々日にフィデル絡みの祭りがあるらしい。カミーロの像も。

 

宿に戻って英気を養い、夕食へ。Kさんと合流し、案内を買って出たTちゃんとも合流。海の方に出る。

「CUBA」の看板があり、人でにぎわっている。

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これは翌日のもの。意外に海風はない。

 

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屋台の先には船上レストランがあり、そこでビールとエビ。

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味はまぁ、こんなもんだろう。ビールも3杯飲んで、一人8CUC。案内代としてTちゃんのお代は割り勘していただいた。私は恩があるわけだが、「現地の人と触れ合うのは旅の醍醐味」と言い切るところに強みを感じますね。

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 はい、翌日の写真。

 

夜になって涼しくなったからか、住宅地にも人が増えている。まぁ、確かに、ここまで暑いと今から仕事したくなる気分だよね。

 

翌朝は朝食前に街が一望できそうなポイントに歩いていく。

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ああ、海。思いのほか近いんだね。

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いい感じのところに付く頃には灼熱の太陽光線が、街中でスパークする。増幅されたエネルギーはソーラーメタルに変換されることもなく、熱としてこの街に赤射蒸着されるのだ。

 

道すがら話しかけて来る人間が多い。日本人か聞く者や単純に挨拶する者。ダウンタウンっぽいところだが、皆気のいい連中だ。

 

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朝食はこんな感じ。マンゴーはレオ・ヤミとオブさんのとこの方がうまいが、オムレツは一番きれいでおいしい。ジュースはグァバ。これも絶品だ。

 

さて、スマホの充電待ちして街へ。10時か―もう地獄だな。中央に出るとKさんに遭遇。

「革命広場まで行ってきたけどもうヤバい。これから行くのか―頑張り給え!」といった激励をいただく。 

 

日陰を探しながら辿り着いた「Museo 26 de Julio Cuartel Moncada」。

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1854年に刑務所として建てられ、1952年にクーデターで政権に着いたバティスタの国内第二の規模を誇る兵営に。

1953年7月26日にカストロ率いる革命軍がパーティ後を狙って襲撃するも、121人の犠牲者を出し、カストロも逮捕された。国民の反応もあって恩赦された彼はメキシコに渡り、ゲバラ達新たな仲間を得て1959年に再上陸し、バティスタ政権を打倒する。

革命実現の契機になった場所であり、反バティスタの組織名がM-26-7(7月26日運動)だったり、町中にも「Julio 26」の旗が国旗と同じかそれ以上に飾られていたりと、とにかく国の象徴と言っても過言ではない場所で、銃弾の後も生々しい。中には日本では規制されるレベルの、当時の戦闘の様子や犠牲者の遺品なども展示され、革命の始まりを知ることができる。まぁ、この街のハイライトですよね。街の中心から遠いけど。

 

さて、もう1つの見どころ、革命広場へ向かう。繰り返すが滅茶苦茶暑い。地獄の炎がぬるすぎて帰って来た一輝さんが地獄に戻りたがるレベルの暑さ。

4kmくらい歩いて到着。

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うむ!なんかデカいな!

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手前がアントニオ・マセオの像で奥が剣を模しているとか何とか、後に行く博物館の人が話していた気がする。

こういうところに堂々と止めてしまう観光バスの見下げ果てた品性の無さには閉口するばかりだが、ようやく辿り着いた私に向かってセントロ行きを誘ってくるタクシーのオヤジも頭がおかしい。何しに来たかくらい察せんかバカもん!どっちから来たかもわからんのか!

 いかん、どうもヒートアップしてしまう。裏手にひっそりと存在する博物館に入ると、エアコンが効いていてほっと一息。しかしこんなバリバリ国営っぽいところにもかかわらず、入り口でたむろする職業婦人たちにやる気は感じられず、おいおいマジかよ客来やがったよ、みたいなリアクションの上、1CUCの入場料を3CUC札で払おうとしたら「1だよ、1!」と受け取らない始末。お前ら……打倒するぞ。

 

私のためだけに設備の電気が点けられていく。まぁ、こんな暑い最中に来る奴も、わざわざ博物館を見つけてまで来る奴もそうそういないんだろうな。

 

婦人が一人付きっ切りで、スペイン語で紹介してくれるのは、マセオ周りの話と、ここにあるサロンでカストロさんが休んだり表彰式をしたりした様子だ。ビデオもある。

革命に浸りきって外に出る。暑い。

 

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こちらは国家評議会副議長を務めたフアン・アルメイダ・ボスケ。革命戦争の重要人物であり、2009年に亡くなったらしい。

 

太陽が真上に差し掛かったのか、影がほぼ消滅し、最早フラフラ。話しかけてきたキューバ人は、日本の「易」だか「合気道」だかを倣っているという本屋の若者で、次に行こうと考えている街について、詳しく教えてくれた。うーむ、ハバナの人々に比べると、ずいぶんと距離感が近いというか、絡んでくるな。いい意味でも。

 

待ち合わせ場所に遅れながらもKさん、Tちゃんと合流。昼飯に向かう。

「昨日の店はイマイチだったから」と連れてきたのは、お高い店。おい、T!お前、奢ってもらう気満々で連れてきたな!?

流石に無理なので出ると、今度は庶民的な店に案内してくれた。

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「Limo Cerdo Allmon」とか何とかいう、まったく内容が想像できないものを頼むと、ブタの骨周りの肉をサワーっぽく味付けしたものだった。脂ものっているがサッパリに仕上げてあり、スゲー旨い。30CUP。ビールも1.5CUCとかで良心的な価格。

 

あまりに暑いので、向かいにある昨日のVen Cafeでリラックスタイムを過ごす。エアコン最高。もう毎日これをしないとこの街じゃ生き残れない気がしてきた。

 

この日にはハバナへ発つKさんは見ていない博物館へ向かわれた。結局これでお別れとなったが、地獄のサンティアゴのスタートを一緒に切ってくれて助かった。

しかし、旅人が若く見えるのは常なんだろうか。

 

その後、Tちゃんに銀行での金の降ろし方とかも教えてもらい、夜会う約束をして別れた。報酬分は働く、という感じだな。大学生で休み中と言っていたが、おっさんたちに付き合っていい思いが少しはできただろうか。

 

曇ってきたのでこれ幸いとビアスールのバス停まで切符を買いに行ったが、閉まっていた。

ああそうか、土曜日だから早いんだね。曜日の感覚が失われていたよ。。。

 

一度宿に帰り着く頃にはヘトヘトで、約束の時間まで休んで出るが、どうも体調が思わしくないことに気付く。アレ?風邪か?

そう言えば体に結構負担掛かる行程だったな。約束を断ろうと思っていたが、Tちゃんにも会えず、待ち合わせた本屋の兄ちゃんとも会えなかった。Kさんともそうだったが、会おうとすると会えない今回の旅。もうあかん、ヘロヘロやからと心の内で彼らに詫びて宿へ。

 

それにしても日本人(アジア人)が珍しいのか他の目的があるのか、かなり熱烈に絡まれる。パーティに誘ってくる奴はよくいるし、飲み行こうぜ―もある。まぁ、コイツラは酒奢れってことの可能性が高めかな。ただ挨拶だけ求めてくるおっさんもいるし、タオルを取ろうとする変な奴もいた。

最悪だったのは本屋の兄ちゃんを待っている時に来た奴で、これが英語を話せる。

体調悪いから、待ち合わせしてる奴に断って帰ろうとしてるんだ、という説明をしたところ、彼の隣のキックボクサーの友人は大変に真面目な奴で、薬は持っているのか、キューバ人はそういう時こうやって治すんだ、と教えてくれ、それを通訳していたにもかかわらず、

「そいつが来なかったら一緒に飲みに行こうぜ」と誘ってくる。お前今話聞いてたよな!?ってか通訳してたよな!?

「いいじゃーん、酒飲み行こうぜー」お前完全にたかる気じゃねぇか!

「じゃあコーラ買うから0.5CUCちょうだい」死ねぇえええええええええっ!!!

ま、顔にタトゥー入れちゃう奴なんてこんなもんだよ。おい、キックボクサーの兄ちゃん、こいつはやめとけって!碌な奴じゃない!

 

Tちゃんの様に助けてくれたお礼とかならそれに見合う報酬というギブ&テイクが成り立つが、貴様の様なやからにくれてやるものなどびた一文とてないわ!

S女史の話じゃないが、いくら逞しく生きないと生きられないキューバ人でも、限度があるよな……仕事しろよ。

 

翌朝もイマイチ体調が優れないが、この日のオムレツは最高だった。そしてこの家にいる5歳くらいの女の子が、慣れてきたのか挨拶とかしてくれるようになったわけだが、これがものすごくかわいい。

っていうか、私もこれくらいの子がいてもおかしくないんだよなぁ。

い、いかん!疲れてるんだな!

少し休んで日陰をそっと街へ向かう。アレ、妙に人が少ないな。日曜日でカストロの誕生日のお祭りなんだろ、今日。なんか人影がまばらだな。どこ行ったんだ?声かけ事案も一気に減ったが、サングラのせいか?

 

 

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「Museo Municipal Emilio Bacardi Moreau」は、かの有名なラム酒バカルディを製造していた一族の邸宅だった場所。当主エミリオはサンティアゴの初代市長だったが、革命後、彼らはプエルト・リコへ亡命し、ラム酒は「Habana Club」に名を変えた。

 

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ラム的な展示は一切なく、芸術、歴史、考古学の展示物があり、エジプトからギって来たミイラまで展示されていた。

うむ、博物館も1日1ヵ所とかだとストレスがなくていいな!

 

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昨日と同じところで昼食。今日は鶏肉のフライだ。ご飯が酸味のある仕上がり。まぁ暑いからな、そういうのが好まれるんだろう。ジュースと合わせて50CUP=2CUC。ああ、一人分だと安いww

 

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古い建物を見て回り、といっても暑いので、人もいないし、カフェへやって来た。何となく毎日行ってるせいか、顔見知り感が出てきたな。

第二の都市の割に、あとの見どころは郊外になっているからか、意外とコンパクトにまとまっていて、することもないし風邪もあるので、宿に戻る。

 

19時前にTちゃん再襲撃。まめである。イイ奴ではあると思うが、そろそろソロで周りたいなぁ……。

 

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さて、前述の通り、この日はフィデル同志の91回目の誕生日である。そのため、セスペデス広場にも彼のパネルが出ている。

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革命キャラクター?ショギート君、だったかな?子どもに大人気で皆寄って来て、中には手を繋いでついて行っちゃう子もいる。もう本当、歩くたびにマジで子どもが寄って来る。そんなにいいか?そこまでか?サイズ合ってなくて下から見たら中の人の顔見えそうな奴いたよ?いや、中の人なんていないな。

しかし、同時にこんなにたくさんいてもいいのか。ミッ○ーとかなら何体も同時に現れたら混乱を生みそうなもんだが、性質が違うんだな。さすが革命的キャラクター。

 

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マルテ広場前には仮想した子どもたちがいて、楽器の演奏に合わせて腰を振って行進。

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先日見たのはこれだったのね。このままMuseo 26 de Julio Cuartel Moncadaまで練り歩く。

広場ではカラオケ大会みたいなのがあり、他の場所でもガンガン音楽が鳴り響くので、もう音がぶつかり合っている。これぞサンティアゴ!なのか?!

 

Tちゃんが袋入りの人民ジュースをおごってくれたことに驚きつつ、モンカダまで行くと、既に人の波。兵営もプロジェクションマッピングのスクリーンに。いいのか?まぁ、いいんだろうな……。

 

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ステージでは大人や子どもが出てきて、雰囲気的にEテレの番組みたいな形で歌や劇が展開される。家族連れも多いので、こういうのが受けるんだろうな。でも脇とはいえステージ上で着替えて直後に何事もなかったようにアニメ声でキャラクターになりきるお姉さんには「それでいいのか!?」感が満載だったな。そして手前は子どもをえらいとこに登らせている。

 

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子どもも大人もダンスや歌がみんなうまいが、彼らが有名人だったのかは定かではない。が、ぱっと振り替えてみても、フィデル感はゼロ。

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この時の背後とかはアレだけどね。もう少し厳粛な雰囲気かと思ったが、そういうのは昼にでもやったのかな?そうだとすれば、何人か死んでるな。

 

流石に全快していないので、飲み食いを断って帰って来た。まぁ、財布はこっち持ちだろうし。デートでもないのに―いや、デートだったのか?まぁ、いいや。

 

翌朝の食事後にビアスールのバスオフィスでチケットを予約し、その近くの「Cementerio de Santa Ifigenia」へ。

ここは墓地で、昨日のバカルディさんや革命軍のメンバーの墓がある。

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着いたところでちょうど衛兵の交代式をやっていた。勇壮な音楽と共に足を高く挙げ、行進、敬礼など、作法に則って一糸乱れずに行う。暑いのに。

 

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こちらがフィデル同志の墓。多分。誕生祝の翌日に墓というのは、何ともタイムリーだ。後ろにはモンカダ襲撃で死亡した兵士たちの慰霊碑的なものが見える。

建国の父ホセ・マルティの墓は左奥に見える巨大な奴で、衛兵たちはここを守っているわけだ。

 

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中には像と植民地時代の6州を表す柱が。レリーフラテンアメリカ諸国の紋章とか。

 

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像の足元の吹き抜けの底に、国旗に包まれた棺がある。

「国旗と花に包まれ太陽の当たるところ」というマルティさんの詩をもとに設計されたという。

 

しかし、フィデルさんもそうだが、キリスト教徒だったのかもよく知らないし、どうすりゃいいんだろうと分からなかったので、とりあえず諳んじれる「白衣観音経」を唱えてきた。まぁ、彼らも初めて聞いただろうな。

 

帰りがけに入ってくる人が入場料を求められていた。アレ?いるの?

そうか衛兵交代見てる時にツアー客に紛れ込んでいて、それで何も言われなかったのか。つーか墓に入場料って……。墓だけに、観光客の足元まで見てるわけだ。

 

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灼熱のハイウェイを歩きながら戻り、ラム博物館へ。2CUCの割にさらっと行程が書いてあって機会が置いてあり、歴代のラベルや記念版のボトルが飾られた程度。しかし、ここサンティアゴのラム「Santiago de Cuba」の7年物が試飲できる。うむ、ハバナクラブの7年の方がうまいな。

 

よく考えれば熱さが限界なので、例のカフェでビールをがぶ飲みし、ルーチン的に食事に行ってカフェでコーヒー。うむ、こんなもんでしょう!もうこの街でやることなさそう。

この街にもカサ・デ・ラ・ムシカがあるが、もういいや。なんかそういうのは、誰かと行くべきだよね、自分の財布持った。

 

翌朝、8時のバスに乗るために1時間前に着いた方が良くて、そうなると6時ごろには起き出したのだが、ものすごい腹痛に襲われる。な、なんだ!?夜は食べてないからあるとすれば水ぐらいだぞ!?悶えながらもなんとか荷物をまとめる。移動日にこれとか!昨日にしろよ!

 

朝飯はマンゴージュースをがぶ飲みしてる隙に、女将さんがパンにはさんでくれた。うむ。ここのオムレツはキューバで一番うまかったからな。これは助かる。

言語の壁もあって絡みが薄かったが―というかオブさんが喋れ過ぎたのか―まぁ、悪くはなかったかな。

次の街のカサも

友達のとこを手配してくれたし。ダメなとこだったらアレだけど。笑顔で手を振り、バスの発まで残り1時間ほどとなった道を急ぐ。間に合わなかったら色々嫌だ!というか、お腹は大丈夫なのか!?あらゆる不安を抱えてバス停と向かうのだった。

 

カリブの海が、我を呼ぶ!

第二百七十三話 C 32歳の革命 / 安らかな眠りのために

出立37~9日目(通算287~9日目)キューバ12~4日目 サンタ・クララ1~3日目

 

 

レオとヤミの家を出て、ビアスールのバス停へ。

人気のトリニダーからのバスは取りづらく、サンタ・クララ行は3日後とかのが取れる始末だったので注意。8:30発~11:25着 8CUC

荷物を預けるときに1CUC取られた。足元見やがって……。

 

しかしビアスールさんは高いだけあって快適。寝てるうちに着いた。

さぁ、ここからが地獄の始まり。客引きとの果てしないバトルである。

しかし、脱出時の経験から、まずはバスを押さえたい。食い下がる婆さんらも引き連れて、バスの予約場所らしきとこへ。

そこに台湾レディがおり、彼女が英語とスペイン語が話せたため、だいぶ助けられた。

サンディアゴデクーバ行きは各便あるが、到着時間が夜になるのは避けたいので、そうすると朝着く便:19時半発 33CUCになる。

しかし、どうもその日にやって来た先着順みたいで、仮押さえ的なことしかできなかった。当日は2時間前か。カミオンと変わらねぇ。

 

ここで婆さんとの戦いが始まる。朝食付き20CUCから一切まけてくれない。そんなに腹いっぱい朝から食えないし、15で朝食付きにならねぇかなぁと言うが全く折れない。台湾レディも手伝ってくれるがダメ。

他の人が「ならウチが……」と来かけても「あたしの客だよっ!」と弾き飛ばす。ええっ、もういいよ……。台湾レディがその間にタクシー運転手の知り合いの宿で15で行けるところを話を付けてくれ、婆さんから逃れる。婆さんは恨み言を履いて消えていった。この際だから言っておこう。如何にスペイン語で罵倒されても全く意味が解らんから、痛くも痒くもないぞ!性根を治して出直して来いっ!(滅茶苦茶……)

 

ただ、大体のサンタ・クララの宿は20が基本みたい。

台湾レディは別の宿を押さえていたので、移動時の再会を約して別れた。ああ、いい子だなぁ。

「私も旅先で誰かに助けられたから、できるときにするのがお互い様」とカッコいい名言を残して。うむ!いい事を言う!そうだな、私も……私は……助けたこと……あったかなぁ……。まぁ次だな!

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サンタ・クララはコロンブスによって開かれ、キューバで最初のヨーロッパ人建設の街である。17世紀にはスペインの植民地統治の中心地として栄え、農産物の中継地としても機能していた。

そして革命の際、エルネストによって解放されたことでも有名。結構重要な都市だ。

 

 

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そしてついた宿のおっちゃん、Obdulioさんがこれまた親切&英語しゃべれるというありがたさ。

「朝食簡単になっちゃうけどいい?」と説明してくれたのは十分すぎる内容。

しかも部屋が……

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めっちゃ広い!エアコンもついてるしテレビもあるし冷蔵庫もある!

こ、これは滅茶苦茶お得なんじゃ……。

しかも今回は絶対に今を通らないと出入りできないから、おっちゃん(Obdlioを略してもおっちゃんだ!)と顔を合わせることになる。まともなキューバ人とガッツリ絡めるぞ!

(宿情報は最後に……)

 

意気揚々と宿を出た私だったが、暑い!トリニダーは海のそばだったけど、ここは内陸だったこともあるのか、さらに暑い!挫けそう!でも負けない!

街の様子を探りつつ。人民サンドを頬張って、この街最大の目的地へ。

 

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チェ・ゲバラ霊廟」

キューバの英雄、チェ・ゲバラは1967年、キューバでの身分を捨て、ボリビアで革命運動に参加していたが、政府軍との戦闘で捕らわれ、翌10月9日に射殺された。

没後20年を記念して、ゲバラ銅像と、その戦闘で亡くなった38人の慰霊を込めて38個の石を安置した霊廟が、革命の突破口となったこの街に建てられたのだ。

97年にはボリビアでチェの遺骨が発見され、カストロの手でこの地に納められた。

強大な像は6mあり、開けた場所で大きく映える。観光客もいっぱいだ。 

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彼の名言「Hasta la Victoria Siempre(常に勝利に向かって)」が台座に彫られていてカッコいい。VRVロボのキャッチコピー「絶対に勝つことを約束されたマシン」を勝手に思い出す。

この下には軍人がいて、カメラはおろか、バッグも持ち込めないミュージアムがあり、エルネストの子どもの頃からの写真や遺品の数々が展示されている。荷物預けも入場料も無料なのは、さすがに自由の戦士の霊廟だ。

 

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帰り道、反戦系の絵が並ぶ壁に。

 キューバは壁のアートをよく見るが、この辺のテーマ固まってる系は初めてだ。こういうのは言葉がわからなくても伝わるものがあるのがいいよね。

 

さて、暑さでヘロヘロになりながら中心地へ戻るが、まぁ、この街の見どころは少ないし、なんか今日はもうダメなので、コーラで命を繋いで宿に戻る。英気を養ってから夕食へ。

 

行こうと思っていたところのことごとくが締まっており、そういえば人民系食堂は閉まるのが早いことを思い出す。失敗したなぁ。 

 

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比較的安いカフェでパスタとモヒート。パスタは安いが、つい頼んだモヒートで4.1+チップ2.5CUC。

パスタはものすごく柔らかく、ハムの塩気がなければ味がしない仕上がり。いいぞ、こういうのを待っていた!台湾レディSさんが居たり、ずっとジェスチャーで話しかけてくる変なおっちゃんがいたり、この街もなかなかに味がありそう。

 

カサに戻ると丁度Obdlioさんも帰宅するところ。家族写真を見せてもらったり、一緒にテレビを見たり。そうそう、こういうのだよ!正直何言ってるかわからなかったキューバのテレビ。でも面白いなぁ。

 

翌朝の朝食がこちら。f:id:haruki0091:20170824074640j:plain

うん、十分だね。逆にこれ以上いらないよね!

それにしてもマンゴーとかパパイヤとか、本当にうまい。日本で食ったら絶対高いことがわかる味。マンゴージュースはここのもうまい。もうこれだけで移住決めるレベル。

 

腹いっぱいのまま、「今日も暑いよ。サンディアゴはさらに暑いけどね」とオブさんに見送られ、出掛けたのが

 

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「Monumento a la Toma del Tren Blindado」

革命勝利の一年前、チェ率いる革命軍はここでバティスタ軍の装甲車を襲撃。多くの武器を奪取し、バティスタに亡命を決意させた地とされる。

ああ、これ、「28歳」で見た!ハイライトのシーンだね!いやー、帰ったらまた観よう。

 

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列車の中には写真や武器、資料が展示されている。

 

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カッコいいなぁ、こんな風に言われて。

 

中心地に歩いていくと、朝もすれ違ったキューバ人に日本語で話しかけられた。また葉巻の話してる……。

コーヒーを飲んだが、何やらたかられそうなのでチェの霊廟に行く、とおさらば。まぁ、コーヒー奢ったしいいだろ。悪い奴じゃないとは思うけどね。

 

まぁ、しかし、することないのは事実なのでチェの霊廟へ再び。うむ、何度見てもカッコいいな。行き帰りは暑いし遠いしでしんどいが、博物館の冷房が最高に効いているので、癒される。しかし欧米人は観光バスで乗り入れているし、歩いて行ってるのは私くらいだろうな。いいなぁ。

 

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お昼は人民食堂で。てっきりナショナルビールかと思ったら、ハイネケン

中華っぽい店だからか、炒飯っぽいごはん。しかし看板の龍がなんか龍騎の頭のマークっぽいんですがそれは……。ビールと合わせて60CUP。

店員の姉ちゃんがかわいかったし英語が話せたが、CUCで払ったら素敵な笑顔で若干おつりを誤魔化されたぞ。まぁまぁまぁ、やるけどな!チップでいいけどな!

 

宿で一眠りしていると、雨。

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風を通すためか、家の構造に外と窓無しで繋がる場所があるため(おかげで昼でも涼しい)、音がよく聞こえる。

 

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夕食はハンバーガーに。ケチャップとマスタードが欲しかったとです。

チップ込みで4.75CUC。肉もちゃんと作ってるし、おいしい。

人気店らしく、次々人が来る。食い終わっても一向にどかない欧米人カップルの横で、気を使って早めに食べる。ああ、こういうとこ、日本人だよなぁ。

雨が降り始める中、店を出る。

 

今日は午後雨ふりで涼しくて歩き易かった。さして人が多いわけでもない街は、静かに夜を迎えていく。

 

翌日、朝食はパパイヤがバナナに変わったくらい。

マンゴージュースは水と混ぜただけだったと判明。そんな気はしていたが、つまりマンゴーの素の力だ。

しかも今(7~9月)はちょっと旬からずれているらしく、冷凍したものを使っているとか。

(確かに街で見かけるのはほぼ青い奴だけ。たまーに赤くなったのもあるけど……)

そう言えば、レオとヤミの家の冷凍庫にも大量のマンゴーがあった。そういうわけだったのか。

 

見残した最後のポイント、チェが子どもを抱き上げている像へ。

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かっこいい。

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昨日の「Monumento a la Toma del Tren Blindado」のある大通りをもう少し北東に進むとある。

背後の建物にも大きく彼のサインが入っていたり、本当にこの街はチェ推し

 

公園のベンチでは木の実で汚れていたところを、おっちゃんが新聞紙で拭いてくれたり、なんだかんだでこの街の人は暖かい。

 

荷物や写真の整理をしていたら、マンゴージュースの差し入れがあった。褒めたことを覚えていてくれたのか。嬉しい限りである。

 

昨日と同じところで昼食。今日はポークと思ったが、鳥しかないというので、今日も鶏。

姉ちゃんが覚えていてくれたらしく、ニコニコと対応してくれる。本日はマンゴージュースとのセット。宿の方がうまかったが、それにしてもこの国のフレッシュジュース(juego)のクオリティはバカに高い。なんなんだろうか。

 

そしてCUCを混ぜて33CUPになるように出したのに、何故か2CUP返ってきた。

ルールがわからない。

あーこの姉ちゃんに会えるのも最後かーと思うと、惜しい気がした。

 

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なんか町のシンボル?靴から水漏れ少年は、オブさんのカサのマークにもなっていた。

 

バスの時間までオブさんと話す。初日の、「奥さんは今いない」という口ぶりから、てっきり召されたのかと思ったら、スペインにいるという話が飛び出て驚く。

娘さんはよく海外旅行に行って~というが、基本的にキューバの人たちは出れない。ヒロンの兄ちゃんも出たがっていたが、就労ビザとか取れないと、あとは亡命しないと国外に出れなかったはずだ。

してみると、こちらのご家族は何かしらの資格を持っている様だ。

 

この前日が8月9日ということで、意外にもキューバの新聞に長崎の記事が掲載されていた。そういえば、ゲバラは献花に来てくれたことがあったんだっけ。

「何で日本人はアメリカ人と仲良くできるんだい?私はあの国嫌いだけど」

うーむ、難しい話だ。キューバ人とかベトナム人に言われると、余計に難しい。ましてや御年75のオブさんはバリバリの革命期経験者だ。なんなら何かしらに参加していたかもしれない。

そう考えると、この妙に穏やかで優しい物腰の奥に、何か場数を踏んだ理由がある様に思えて来る……。

「ちょっと前に行った時、あの国の連中、酒片手に薬やってるのがゴロゴロしてたからね。もうダメだ、あの国」

個人的なのだったー!!そう言えば、「サンディアゴの連中は昼から両手に酒だ。あの町は嫌いだ」とさっき言ってたけど、そういう感じね!

 

藤岡先生は「復讐をして子孫に何を残すというのか。怒りや憎しみを抱かぬよう、祖先たちは全て背負い、死んでいったのだ」と言ったが、それを繰り返さないためにはどうすべきか、常に考え続けることが子孫であり、先祖となる我々の責任なのだろうと、そんなことを考えた。

 

さて、ビアスールの長距離のバス停までは、広場からバスも出ている。

オブさんに別れを告げ、北側の面で待つ。7と8は確実に行く、と言われてまっていたら、「チーノ、これも行くぞ!」と呼びこまれた。R2だかP2だったかな。

1CUP払うと、デカい荷物だから後ろから乗れ、と言われ、大急ぎで行くと、がタイのいい兄ちゃんが荷物を引き上げてくれた。さらに降りる駅があと何駅か、別の人が教えてくれ、

「ここだ!」と子どもたちが叫ぶ。何てイイ奴らなんだ!まるでア・バオア・クーから脱出した時のアムロの気分だよ!ありがとう!チーノじゃないけどな。

 

そういえばチーノと言われてなんか腹立つのはなぜか考えたのだが、響きにチンパンジー感が漂うからではないだろうか。どうでもいいか。

 

ここからが長かった。いや、始めに気付くべきだった。

前述の台湾レディ・Sさんが時間の2時間前には来ていた方がいいかも、と言っていたのにいろいろあって3時間前に付いていたが、「19時に来てくれ」と言われる。

バスは19:10発。

あれ?ひょっとして、ウェイティングリストだったんじゃね?

思えば、3日後に出たい、という意思を伝えてこうなったわけだが、いつの切符ならあるか、という聞き方はしなかったわけだ。

そして案の定、「席はいっぱいだ」俺死亡!

おお、なんということだ……。仕方ない、役に立たないスペイン語のテキスト上の単語と英語を織り交ぜて、「乗れないのはわかったから、いつのチケットなら買えるんじゃ!」と聞いてみるものの、

「そんなことはわからない。明日も明後日も、日曜日まで多分埋まってる!」

「多分ってなんじゃい!オドレのとこのバスちゃうんかい!」と話は平行線。

「いつのバスならチケットはありますか」という例文をネット環境のある時に作っておくべきだった!!そういう問題じゃなさそうだけどな!

「今日の0:20発のなら多分空いてる!バラデロからのやつだから!」とオヤジ。わかったよ、待つよ。で、和解。再びウェイティングリストとわかったソレに名前を書く。

 

途中の街にあるとはいえ、チケット自体は買えると思う。だから聞き方が悪かったんだと思うが、皆さんはその辺きちんと。ローシーズンなのに取りにく過ぎるので。

 

途中で出歩いたりしたものの、計8時間を固い椅子の蒸し暑いバスステーションで過ごし、ようやく乗り込んだバス。これなら、よく眠れるか?

 

<サンタ・クララのカサ情報>

 

「Hostel Alina」

Bonifacio Martinez♯19e / Serafin Garcia(Nazareno)y E.P.Morales(Sindico)

(セントロ南東の角の道を5ブロック程下っていき、左に通りを一本入ったところを進む)

Maps meに表示あり

朝食付き 20CUC

※奥さんがいるときは、夕食の用意もできるとか。費用は洋相談です。

  人がいないから15にしてくれたけど、みんなは無理言っちゃだめだぞ!

 

戦士の魂が、我を呼ぶ!!

第二百七十二話 C 32歳の革命 / やさしさに包まれたなら

出立33~7日目(通算283~7日目)キューバ8~12日目 (シエンフエゴス~)トリニダー1~5日目

 

 プラヤ・ヒロンの配給所前から10時頃発で乗ったカミオン。3CUCでシエンフエゴスまで2時間半くらいかな。

地元民の中に一人だけアジア人。しかし好奇の目もあまりない。カミオンは個体差が激しいらしく、きちんとした座席のものもあれば、護送車みたいのもある。今回は護送車。

始めに言っておくが、暑い。走っていればいいが、あとは暑い。

しかし地元の人々の優しさなんかも見れる。子どもが乗ってくると、座っている大人が自分の膝の上に乗せたり、母親の荷物を預かったり、もちろん席を譲ったり。最後のはともかく、日本じゃなかなかやらないものもあるよね。

 

下りてトリニダー行のカミオンを探すが、複数人に聞いたところ、「今日はない」と言われる。これが本当か嘘か、かなり判断は難しいが、まぁもう暑いんで、「乗合タクシーかコレクティーボがある」と言って兄ちゃんが連れて行ったところで、いわゆる白タクに乗る。

警察がどうこうと言っていたので、おそらく許可取ってないんだな……。

トリニダーまで7CUC。10と言われていたが、ここまでは下げられた。

途中で親子を乗せたので狭くなったが、彼らはもっと安いだろう。しかしね、我々はこの貧しい国に外貨を落としていくことも大切だと思うわけです、値切ったけれども。

 

カミオンみたいなのは現地人でない(把握していない人もいるが)と、どこからいつ出るのかわからない。事前にバッチリネットで行った人の記事を押さえておくか、余裕とスペイン語に自信のある人向けの手段だと思う。

 

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こうして辿り着いたトリニダー。暑い。暑すぎる……。客引きを振り切って、目当ての宿を一心不乱に目指す。

「レオとヤミの家」という、日本人&韓国人御用達の宿だ。街の中央の道を外れまで歩く。安さが魅力で飯もうまいらしい。キューバ飯はハズレが怖いからな。

 

オーナー夫婦不在の中、取りあえず部屋に入ると、ハバナで「サンディアゴまでカミオンで行きます」と旅立っていったS君が一人寝ていた。

彼の場合、サンディアゴまで20CUC(ビアスールバスだと51CUC)で行け、雨上がりの夜だったから涼しかったが、以降の移動は最悪だった。ビアスールも使った区間はバスが古くてダメだった、とのことだ。

うーむ、やはりこの国では移動がネックだな。

 

小腹を満たすために人民サンドを食ったが、もうすぐ帰りたくなるくらい暑い。

 

夕方18時を待って街を散策。

 

トリニダーは黄金を求めたディエゴ・デ・ベラスケスがこの地を気に入り、今よりも海岸寄りに1514年ごろに築かれた。しかし海賊の襲撃が相次ぎ、現在の山中に移された。街はサトウキビのプランテーションと奴隷売買の中心地として発展。19世紀の奴隷禁止まで続き、以降は徐々に衰退した。

スペイン統治下の街らしいコロニアルな感じが特徴で、メキシコの光景を思い出す。

 

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「Iglesia Mayor Santisima Trinidad」

街の中央、マヨール広場に建つ、1892年の教会。

 

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革命記念博物館は0.25CUCのモチーフになった角度からパシャリ。夕方17時までは入れるが、殺人光線を避けてこの日は諦めた。

 

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町中のレストランやバーでは音楽が演奏されていて、それを聞くだけでも楽しい。ハバナよりも身近な感じ。観光客がほとんどだけど。

 

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町はずれの朽ちた教会「Ermita de Santa Ana」かな。かな、というのはキューバはたまにGPSが効かない。やはり反米の影響が……。

観光客はほとんどなし。試しに0.25CUCっぽく撮ってみる。

 

街自体は非常に小さく、すぐに歩いてみて回れる。まぁ、日中は嫌だけどな。 

 

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宿の向かいの家族が写真撮って、と言ってきた。宿の場所を教えてくれたり、親切な人たちだが、やはりこの街にも貧富の差はある様だ。

 

宿に戻るとレオとヤミがおり、夕食をお願いする。ランゴスタも10CUCで頼めるが、この間食べたので、チキンをお願いする。f:id:haruki0091:20170823220821j:plain

まずはご飯に豆のスープ「ポターヘ・デ・フリホーレス」。甘くないおしるこ的なイメージで、肉とか使ってるんだろうな。この時点ですでに旨い。噂に違わず旨い。

バナナを揚げたものや、アボカド、トマトスライスも出る。ああ、野菜!なんかこう、体が求めていた味がする!人民系だと野菜が不足するからな……。

 

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そしてチキンはカラッと揚げたタイプ。これも旨い。マンゴージュースも供され、おそらく今まで(人生ね)飲んだ中で一番うまい。インスタ女子ならこれだけでテンション上がるレベル。日本だったら800円とか平気でしそう。

 

Sくんはランゴスタを食べ、すっかりご満悦。本体自体はヒロンの方がデカくて良かったかな。でも、調理の技術はヤミさん、相当なもんだ。

 

最後にコーヒーまで出た。娘さんたちが甲斐甲斐しく給仕してくれ、ありがたい。20時から食べ始めたが、彼らはいつ食べてたのだろう……。

 

食休みをし、外出。「LA CANCHANCHARA」というバーへ。

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ここでは名物の「カンチャンチャラ」という酒が飲める。アグラルデンテというサトウキビ原料のラムの様な酒に、蜂蜜、レモン、水を加えたカクテル。

蜂蜜の量が凄まじく、後半に行くほど悲劇的に甘い。

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奥ではバンドの演奏もあり、「Yesterday」とか、キューバミュージックとかが歌われていた。

 

翌日は涼しいうちの散策がいいだろう、とバラバラに出かける。S君は物々しいカメラを持っており、「一日の内で美しいのは夕暮れと明け方」という哲学を持っていたが。この街ではそれくらいのタイミングしか出掛ける隙がない、ともいえる。 

 

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まだ人も少なく、気温も低い。

 

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途中から一人になり、町はずれまで足を延ばすと、朽ちた教会が。

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犬もたくさん屯しており、はや店を始めた土産物店も。

 

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その先には洞窟バー「Disco Ayala」が。22時~3時という時間にやっているらしい。今は暗い店内がぼんやり見える程度。

 

この先が山道につながっており、街を一望できるかなーと軽い気持ちで登り始めたが、よく考えれば結構な高さだったと思い出す。

いやしかし!頭の中では明石チーフが「ちょっとした冒険だな」「アタック」を繰り返し、「冒険者ON THE DREAM」が流れ出す。

日本の山の民として、引き返すわけにはいかん!男が、男が廃る!!

 

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ああーいい眺め。

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ぶっちゃけ途中の方が革命博物館とか見えたけどな!

まぁ、20~30分くらいなので、朝の涼しいうちにどうぞ。

 

 

朝は鉄道が出るというので、S君の待つであろう駅へ。

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かつては蒸気機関車だったが、修理に入っているらしく、今回も普通の見た目。まぁ、普通って程普通でもないな。残念。

 

宿に戻ると次の街へ発つS君を待つ車が。宿でチャーターすると、サンタクララまで15CUCだそうだ。ビアスールだと8だが、しばらくいっぱいとか。やはり早めに動くべきだな。

 

オフィスに向かうと長蛇の列が。予定に会わなかった人々に声を掛ける、タクシーとコレクティーボの業者。協定でもあるのか、基本的に全員同じ額だ。

私は時間に余裕があるため、3日後のバスを予約。ってことは、これからビアスールを使うなら、街に着いてすぐを狙わないとな。

 

続いて、街のシンボル・革命博物館へ。

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正式には「Museo Nacional de la Lucha Contra Bandidos」で賊軍討伐博物館となる。バティスタ政権打倒時にフィデルと共に戦って命を落とした革命軍のメンバーの写真や遺品を中心に展示。花形のチェやカミーロはチラリと触れる程度で、フィデルとメンバーの写真が多い。

 

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キューバ軍の撃ち落としたU2機の残骸も。

まぁ、基本的にスペイン語表記なので、細かい死因とかよくわからんかったけど、写真の無い人は似顔絵を以って展示。これによって前政権の非道とキューバ革命並びに現政権支持を訴える狙いがあるとか。それで入場料1CUC、国民は2CUPで入れるわけか。

 

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塔の部分は街を一望できる。コロニアルな街並みや、洗濯物などの生活の様子も見て取れる。

 

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暑いし見るものもないので宿に向かい、途中の人民スタンドで人民サンド、ソーセージ。

二つに折って挟むという、ストレートな見た目がウケる。これにジュース(激甘オレンジ)を付けて8CUP(約35円)。

 

屋内ならそれなりに過ごせるので、一休みし、6時頃、再び中心へ。

今日はイマイチ演奏がやっていないので、近くの売店でカクテルを購入。

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ピニャコリーダ 1.5CUC。これなら毎日手が出せる価格だな。

 

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宿に戻り、食事はコリアン3人と。今日は牛さんのトマト煮。少々固いが、おいしい。スープはパスタ入りだが、相変わらずの硬さだ。そういう仕様なのか?

一人独学でほぼ完全に日本語をしゃべれる奴がいて、脅威を感じる。韓国語の発音がうまいとほめられたので勉強しようかな……いかん!スペイン語が先だ!!

 

盛り上がっているところにハバナから来た日本人&韓国人のカップル―ではないだろうが―が到着。ハバナの3つの日韓宿の話やキューバの話に。女の子は大変だね。

「中国ってどうなんだろう……って思ってたけど、相対的に評価が上がった。あの国の人間は親切だ!」とまでなる始末。今のところそこまでクソ野郎に会ってないから、何とも言えないなぁ。まぁ、運がいいのかもだけど。

 

そんな訳で計6人のアジア人が連れ立って、洞窟ディスコこと「Disco Ayala」を目指す。一人じゃ絶対行かないから、渡りに船だ。

 

昼間の記憶を頼りに向かうと、入り口前には長蛇の列が!そして並んでいる列に平然と割り込むキューバ人。このヘナテーロがっ!!

 

バレた奴は入り口で弾き飛ばされてましたが(ちゃんとしてるな)、朝見たのは単なるエントランスで、そこからどんどん降りていくと……

 

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おお!

 

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おお!ゴルゴムの秘密基地かっ!?

 

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5CUC1ドリンク付きの空間には、スクリーン3つが並び、広さも小学校の体育館の半分くらいはあるだろうか。広い。そして暑い!

 

クラブみたいな感じで、ドンドコドンドコ、それでいいのかってくらい欧米音楽、ちょっとキューバとか中南米、って感じ。事前にステップをレオから習っていたが、ちょっつしか使わなかった。

 

2時前には店を出たが、確か23時~3時とかやってるんだよね。欧米人多かったけど、アイツらはこういうの好きそうだなー。実は苦手なんだけど。

 

ここに向かう途中の街頭や店で、行きと終わりの客を狙ったのか店が乱立。しかも1杯1CUCだからいい方法だと思う。キューバ人、やるな!

 

翌日コリアンたちが出るから朝食を一緒にしよう、と言われて初参戦。

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フルーツがたくさんなところが見どころの洋食だ。3CUC。

 

彼らを見送って日韓の架け橋を作り、街の散策へ。

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脇道入ったところの公園では、楽団が演奏中。日曜日だからかな。

 

グルグル回っても同じことなので、こういうときはジードだ。

意を決して5km先の海を徒歩で目指す。暇だからな!と思っていたが、思った以上に遮るものがない!これは苦しい!そもそもこんな暑い国で歩いて5kmとか頭悪すぎるだろ、誰やねんそのアホ。

しかし拾う神もある様で、雲と風が出てきて、終いには馬車のおっちゃんが「乗れよ」と乗せてくれた。

馬も歳なのか、相当ゆっくりで、おっちゃんの檄が飛ぶ。そういえば、よくキューバ人同士で乗せている光景を見るなぁ。貧富の差が大きく、持たぬ者は移動も大変な国でできた文化なのかも。

 

おっちゃんの仕事場の近くで降ろしてもらう。いくらか包もうかと思って降りたら、結構な油汚れがあり、布を貸してくれたがそれでは落ちない!とまごまごしている間におっちゃんは中へ。

 

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ありがとうおっちゃん!まぁこれ撮ってる間に持ってくこともできたけど!どうなんだろうね、それが失礼に当たったらアレだし、日本で困ってる外国人助けるわ!

 

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こうして辿り着いた海。地元民用の海。何か有名なビーチがあるとか聞いたが、別に変わらんだろうな、ヒロン程キレイじゃないだろうし、構わんよ。

 

ここでプカプカ浮いていたら、海にパラソルを持ち込む若者4人組が声を掛けてきた。

ハバナクラブを飲ませてくれ、片言の英語とスペイン語でやり取り。NARUTOとone-pieceとBLEACHドラゴンボールと……集英社すげぇ!!

そして水着の姉ちゃんがいるので、当然のごとく、アレがいいとかお前声かけろとか、そんな話に。うーむ、どこの国も男は同じ様な話してるな!

果敢に挑んですげなく断られたチョイ悪オヤジとも仲良く話し出す。この辺はスゴイね。

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最後に写真撮って―と彼ら。ああ!かぶってる!まぁいいか!

 

帰りはおっちゃんに義理立てて、「1CUCで乗せるよ」とかを断って歩く。恵みの雨もあり、当然歩いている人影もないので、大声で熱唱して帰る。酒のせいだね。

 

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宿で一休みし、広場のちょっと外れででダイキリを。1.5CUC。

オヤジさん、ちょっと作りすぎちゃって、「ちょっと飲め!」と減らしたところに注いでくれる。うまい。

 

そして広場で音楽を聞きながら飲む。うーん、この涼しい時間にこういう楽しみがあるのは最高だなー。

 

宿に戻ると、何と宿にWi-Fiがあることが判明。19~21時は解放してくれるとか。ギャーLINEがー!!!

 

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夕飯は焼き魚。ってデカい!日本人T君も魚を頼んでいたが、ヤミさんが失念。いやいいよ!二人で食べてもデカいよ!しかもわさびが置いてあったので使わせてもらう。

ああ、いい……。やはり俺は、生粋の日本人なんだなぁ……

 

この席には新たなコリアンがいたが、一人日本語を話せる奴がいて、なんか毎回申し訳ないな。

 

翌朝、お散歩に出かける。先日見た鉄道駅の隣駅まで歩こう、という企画だ。

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どうも山をぐるりと回り込む形ですね。街を出る辺りでものすごい下り坂。そういえば、海賊対策で山に移したとかいってたな。こんな形で実感するとは。

 

馬を連れた人々とすれ違いまくる。何か仕事があるんかね。

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しかし、手綱無しの群れが来たときはビビったぞ。

 本当に何もない道。まぁ、木々などの自然はあるので、ヒロンとは状況が違うけど。

すれ違う人との挨拶。どんどん田舎に向かっている。駅に着。4kmくらいだろうか。

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レストランが1軒あったがカサはなく、本当に田舎。なんか豚焼いてますよね、これ。

  

帰りの坂道付近で馬を連れた欧米人たちに遭遇。ああ、乗馬体験か。10~15CUCでできるらしいが、馬に乗りたがる理由が全く分からない。

 

軽食して街歩き。

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月曜日になり、お土産屋台が出るようになった。まぁ、取り立ててどうというものはない。一番歩きやすい18時にはほとんどが店仕舞いしてしまうので、それはどうなんだろうという気分になる。

 

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夕方のお楽しみ、「Casa de la Musica」での演奏タイム。今日は「トリニダー・スペシャル」というオリジナルカクテルで。派手!そして手間!味はまぁ、こういうものの常だね。

 

宿に戻ってT君と話していると、夕食の時間。

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今日はエビ。ニンニクの効いたキューバ味。いつも出るアボカドや昨日のわさびがあれば、楽しさ無限大と踏んだわけだ。

「すいません、つい魚頼んじゃいました」

今日もデカいのキター!!ちなみに、2人で頼むとさらにデカいのが来るらしい。いや、これ一匹で二人で十分だけどね!

 

今日はコリアンたちはいない。なんでも、最近彼らの中ではやっている宿「キャメル」とかいうのがあり、そこは韓国人でいつもフル。飯だけ行くやつもいるらしい。飯はランゴスタ付き、食べ放題で10CUCとか。

でもなぁ……「レオとヤミの家」は閑散期だから、と10CUC朝食付き→5CUC朝食別途3CUCにしている。「それってつまり、ご飯はここで食べてね、ってことだよね」とT君。

それが人情だよね。っていうか、毎日食いきれないほど出て来るけど、それでも食べ放題がいいのか。お前らいつも残してるだろうがっ!

 

T君によると、どうもコリアンたちの軍資金は我々の2倍近くあるらしい。

というのも、南米をざっと1ヵ月で回ったらいくらかかるか、同室のコリアンガールに聞かれ「10万円くらいじゃね?」と答えたら、「韓国では20万だと言われている!」と驚いていたという。

言われてみれば、アイツら経済観念と言うか、豪華な旅だなーとか、化粧してんなーとか思っていたんだが、そういうことだったのか!っていうか大卒初任給みたいな金はどこから来るんだ!?

 

そう考えると、金遣い的に日本人のウェイトが海外で下がっているのは納得だな。日本人でバックパッカーやろうなんて頭おかしい奴に高額な軍資金なんてあるはずないからな。

 

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しかし毎日カサで食べる義理堅い私たちには今日、アイスまでついた。すぐ溶けるキューバ式だが、めっちゃうまい。チョコ味だからバナナ揚げたヤツとも合う。最高。

 

「そういえばビートルズバーみたいのがあるらしい」ということになり、この旅一番の腹の膨れ方から小一時間待って出かけた。

 

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「Yesterday」(立木ボイス)というバーだ。

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入口からしてビートルズ

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中にはステージがあり、生バンドが演奏中。ダイキリ3CUCを頼んで席で楽しむ。

あー聞いたことある曲だけど、これビートルズだっけ?と思っていたら、T君もあまり明るくなかったらしく、いやこれ知識足りないだけかもしれないな、と聞いていたが、どうも交互かちょっと少ないくらいでビートルズだ。

いいのか、それで。まぁ、いいんだろうな……。

でもオープンテラスで風が気持ちいいし、洞窟ディスコよりいいかな!キューバっぽさないけど!

そういえば、ひよっこどうなったかな……。

 

翌朝、早くに宿を出る。

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ガッツリ送り出してくれたレオ。部屋の場所的に会いに行かないと会わないから、何か微妙に距離があったけど、まぁトリニダーに来たらここだね!

っていうかハバナにあんなにいた日本人はどこ行ったんだろう。トリニダーにすら来ずに帰っているのだろうか。

 

キューバはネットもないので、宿の紹介をば。

 

「レオとヤミの家」

Simon Bolivar No.56

(街の真ん中を突っ切るこの通りを、南西方向にずっと行くと番号が若くなっていくよ)

通常時:朝食付きドミトリー10CUC(閑散期は部屋5CUC、朝食3CUC)

    別途夕食5CUC(エビが7CUC、ランゴスタは10CUC)

 

戦士の魂が、我を呼ぶ! 

第二百七十一話 C 32歳の革命 / ブルー・シー・ブルー

出立30~3日目(通算280~3日目)キューバ5~8日目 プラヤ・ヒロン1~4日目

 

 

さて、キューバ国内の移動方法は数あれど、今回は最もポピュラーな「ビアスール社」というツーリスト向けバスを利用することにした。しかし!

 

出るのがギリギリになったうえ、バスステーションまでのバスが全く来ない!

Cさんがタクシー運転手と交渉し、2CUCで乗せてもらった。クラシックカーではあるが、ソビエト製の四角いヤツで、っぽさ爆裂な機体だ。

何とか時間には間に合ったが、チケットのない我々。もう席はない、という運転手らに食い下がり、立ち乗りでいいからと交渉するCさん。

確かに、この10:45発を逃せば次は14:15発とかだからな!多少揉めたが乗り込むと、1席空いていたのでそこをCさんに譲る。するとバスのオヤジがクッションを渡してきて、段差のところに座れ、という。ああ、まぁ、ありがたかったよ。これによって巻き起こる拍手。

ということで、実際は16CUCくらいのところ、Cさんは13CUC、私は7CUCで乗れた。よっしゃラッキー!ケツ痛くて白人の子どもの干渉もすごかったけど、横の韓国人のおっさんが気を使ってくれて助かった。息子はクソだったけどな。

 

 

こうしてうつらうつらもしつつ、一度の休憩を挟んで14時半ごろに到着したのは、「プラヤ・ヒロン」という小さな海の街だ。

日本のガイドブック『地球の歩き方』には存在すら明記されていないため、日本人はほぼいなそう。韓国人や欧米人は見かけたので、『ロンリープラネット』には載ってるんだろうな。

「ペンギン村みたいなところ」というCさんの言葉通り、ハイ、ご覧ください。

 

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もうこんなに土地が余っているというかだだっ広い!何の用途もない!スゲー!

町は大体コの字型に建物が並び、後の真ん中の空間とかは草と砂、馬、羊、時々木。草原でも密林でも砂漠でも岩場でもない、私が今まで見た中でもトップクラスに本当に何もない空間。1枚目なんてバス停(繁華街?)振り返った場所の画像ですからね。

でも、それがいい!

 

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宿は昔Cさんが仲良くなったという漁師のオヤジのところで、交渉の結果、素泊まりだが15CUCになった。門の上のエビに光るセンス。

荷物を置いて早速…ビールだな!

レストランでビールを飲むと、日陰はさほど暑く感じず、風が心地よい。周りには平屋がわずかに立つだけで、取り立ててみるものもない。ああ、いいねぇ。ゆっくりできる。

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そしていざ、海へ!足元岩場だが、凄いキレイ。

住民たちが楽しそうに泳いでいて、心地良い風が吹く。イセエビが生息しているのを見かけるというすごい状況。

 

別の海岸にもいき、違いを楽しむ。欧米人もいくらか見かける。地球の歩き方には全く載っていない穴場だが、それ故に非常に過ごしやすいように思える。

 

夕食まで軽く飲み、カサで頼んでいたランゴスタ(ロブスターというか伊勢海老というか)に挑む。

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おお!

 

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おお!!で、デカい!身だけで20×8cmというところか。昼に海で見た、昔の懐石料理に合ったイセエビのグラタンくらいのサイズのやつを想定していたから、相当にたまげた。

 

まずスープがうまい。こんなちゃんとしたスープ出来るんだな、キューバ。ってくらいうまい。

そしてランゴスタ。肉厚ジューシーなしっかりと詰まった身に、シンプルな塩味。しかしうまい!当たり前だけどな!これが海の近くの強みだ。事前にスタッフの兄ちゃんに「塩辛くしないでね」と言っていたからなのか、ものすごくちょうどいい。幸せだ。10CUCとキューバでは値が張るが、全然見合ったうまさ!大満足だ。

とかやっていたら別の宿泊者がやって来て、「俺は夜這いをかける」と他の部屋に突入していった。

Cさんは横綱がどうこうとか、アイツ入っていったよ…と言っていた気がするが、ビール一缶も飲んじゃったし、覚えてないなぁ。悲鳴は聞こえなかったな……。

その後買ってきたラムでまた一杯始める。

 

ちょっと二日酔いを感じながら外に出ると、7時代はまだ涼しく、読書に最適な環境だった。

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朝飯に人民ピザを食いに行く。10CUPだが一から手作り。

「場所によっちゃあ、ゴムみたいなチーズなんだよ」という、逆に食ってみたい煽りを食らっていたが、なんてことはなく、普通においしかった。たかりに来た野良犬が大人しくお座りしていた。

 

その向かいには「配給所」が。社会主義の名残で、今もあるらしい。流石に撮影は遠慮した。

 

この日はバスで行く海を目指す。しかし1時間以上待っても来ない。この辺が田舎時間だ。タクシーを拾って向かった。2人で5CUC。結構観光客もいる土地だ。

f:id:haruki0091:20170823212924j:plainうわぁ、すげー!超青い!超透き通ってる!超カリブ海

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潜ればすぐに魚が見られる。まぁ、道具のコンディション良くなかったから大変だったけど、キューバで見た海で、一番きれいだったといえる。ただ、どこの海岸も心無い人たちがごみを捨てて行っているのが残念だ。30分に1本、キンキンに冷えたビールくれればゴミ拾うぜ?

欧米人などの観光客も多い。どうやらすぐ後ろにホテルがある様だ。

 

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フレッシュジュース1CUC。観光地価格だね。グレープフルーツ?おいしかった。

 

帰りもやっぱりバスは来なかったが、なんとかキューバ人用のバスを止めて乗せてもらう。

2CUPで帰ってこれた……安すぎる……。

 

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宿の近くの、昨日と同じレストランへ。今日は食事だ。

人民御用達のビール。ぬるい。うすい。そして飯はまだ来ない。食前酒になってしまった。

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田舎時間たっぷり経過して登場した飯。パラパラのご飯は肉の油で炒めたのかな。

肉は本来豚なのだが、足りなくなったのか、どうも私のは鶏のような気がする……。そんな感じだが、まぁ、味は悪くなかった。チップ込みで2CUCくらい。

 

その後、すぐ近くにあるドラフトビールの飲める店で1杯1CUCのを。昨日も飲んだのだが、麦の味がしっかりして、これは文句なく旨い。キンキンに冷えているのも珍しい。

 

宿で一休みし、朝のピザの店で人民パスタを。

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ソフト麺みたいな固さ、と言われていたが、ここのはもう少し芯があった。久しぶりの麺類だが、まぁ、それなりの味。25CUP。

蚊はすごいが、昼夜を問わず人がやってきて、寡黙そうな兄ちゃんの人柄がしのばれる。まぁ、女とカウンター内でイチャイチャしてるのもよく見たけど、キューバ人としては朝から晩までなんて、勤勉な方だろう。

 

部屋で飲んでいると、宿の兄ちゃんがレモンの差し入れ。一緒に呑む。

彼はキューバの外で働きたい、と言っていた。彼らの収入は相当低いと聞いている(年100CUCの人もいるとか)し、彼も宿以外に、建設現場で働いているところに会ったりした。スゲー素敵な海の街で、この国の闇を感じた。

 

途中で若者が集うバーに出掛けた。

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屋外ステージの裏みたいなところで、周りを気にすることなく、音楽ガンガンかけている。これがこの村の若者の娯楽か。日が当たらなければ暑さも気にならず、心地の良い夜だ。観光客いなかったので、相当浮いていたが。

収入が少ないと聞いていたキューバ人だが、兄ちゃんは2回もおごってくれ、ちょっと申し訳なかった。これがCさんの言う、善良なキューバ人だろう。のちを振り返っても、田舎町ほどまともな人が多かったように思える。

 

またも二日酔いに悩まされつつ、飯を食ったり海に入ったりの、まったり海街ライフを堪能。長閑な風情に加えてネットのない生活が心地よい。

 

最後の夜も静かに更けていった。

 

翌日、早朝にCさんはバスを拾う→高速で降りる→ハバナ行の何かを拾うという人民流の交通手段で行くらしい。スゲーな、おい。

私も遅れること1時間、人民流の移動で次の街を目指す。

「カミオン」と呼ばれる、トラックの荷台に座席を付けた強行型バスだ。

兄ちゃんは「10時発だから20分くらい前に行けばいいよ」といい、

オヤジさんは「9時だから1時間前に行け」という。

「オヤジさん、ボケ始めてるかもな……」とCさんの談を受けると10時だな。しかし、オヤジさんの手前8時に出ざるを得ないな!

やはり2時間後、10時くらいに配給所前から。うーむ、配給日なんだーと思っていたが、違ったのか……。

シエンフエゴスまで3CUC。おそらくツーリスト価格で盛っているだろうが、立場や彼らの収入を考えれば、まぁ、くれてやれる額だろう。

 

囚人護送車みたいなものに、立ち乗り。当然エアコンなどない。走り出せば風が吹き、これなら何とか!止まると地獄だけれども!いざ目指すはシエンフエゴス!

 

戦士の魂が、我を呼ぶ!