新劇場版 世界の果てまで行って:破

新劇場版 世界の果てまで行って:破(仮)

このブログは、特撮オタクの私が、5年半努めて勤めた会社をやめて、ユーラシア大陸をめぐる物語である。〈背景のモデルはフルスクラッチです:自慢〉

第三百三十二話 モーター・A・ダイアリー / ハレロヤ!

出立167日目(通算417日目) アルゼンチン14日目 エルチャルテン3日目

 

 

目覚ましは0時半に鳴る。朝っていうかまだ夜だね。欧米人たちがどこかへ出掛けようとしている。飲み屋とかあるんだろうか。

 

同じ部屋には少し前にコリアンガールズが入ったが、準備をしていると「今から行くのか」と聞かれた。そうだと答えた時の、彼女たちの目の輝きが忘れられない。羨望とかではなく「そんなバカなことする人マジでいるんだ」的なヤツじゃないだろうか(被害妄想)。

「いい写真撮れたら見せてね」と笑顔で送り出された。うむ、暗いから諦めて帰って来た的な退路は断たれてしまったが、望むところだろう。

 

街灯に照らされた道を北に進み、山道へ入っていく。

今回は、ロス・トレス湖とロス・トレス氷河を手前に配したフィッツロイを眺められる場所を目指す。エルチャルテンのベストビューの一つだ。丘陵地帯を横断して湖を抜け、キャンプ場を越えていく。

フィッツロイは「煙の山」と言われるほど雲のかかっていることが多い山らしいので、こればっかりは運だろう。俺の運、試してやるぜ!

 

今回のトレッキング、相当な防寒対策が必要ということで、この旅始まって以来の重装備。もうアルティメットフォームと言っても過言ではない。

そして比較的なだらかな山道と急こう配の山道、合計10kmという距離。まさしく、旅のクライマックスに持って来いだ。いや、これまでの重い荷物を背負った長距離の移動は全てこの時のためだったといっても過言ではないだろう。メキシコにいた頃の私ではダメだったかもしれない。しかしあの頃の自分とは、レベルが違うんだよっ!と気合を入れて、まだ暗い道を進む。こ、怖い。

しかもこんな時に限ってGPSが働かない。お前、今動かないでいつ働く気だっ!?

Wi-fiも弱いし、どうもこの街はそんな感じの様だ。仕方ないだろう。

 

持って来たライトはダイナモ式で、グリップを握って離してを繰り返すことで発電する。電池いらずで便利な反面、発電し続けない限り光が消えてしまう!これが相当きつい。足より先に手が疲れてしまう。まぁ確か中学生の頃、体力測定で握力が女子並みだった私だ。鍛えるには絶好の機会だろう。

 

こうして暗黒魔道を手動のライトセーバーでシャコシャコやりながら進むことになったわけだが、恐ろしく孤独だ。誰かのブログで「○○さんがいなければ諦めていたかも」みたいな記述があったが、私にはそんな贅沢な選択肢がない。一応開かれた道はあるものの、暗闇がために「これで合っているのか?間違った方に進んでいないか?」という疑心暗鬼との戦い。いや落ち着け、これより孤独なことだってあるはずだ。例えばこの先十年経っても結婚できずに老後独りで……ぐはっ、いかん!さらにダメージが!ええい、男は一人で行くものさ!

ともう訳が分からん葛藤を繰り返していたわけだ。何せ10kmあるからね、思考はグルグル回る。どうでもいいけど、このシャコシャコ音、2代目バルタンが襲撃してきた時の小型バルタン出現音にそっくりなんだけど。

 

幸いにも目の前を行く別の集団が。追い抜いたり追いつかれたりを繰り返していたが、面倒なので彼らに加わることにした。イスラエル人の集まりで、男女混合だが、全くペースが落ちない。さすがは性別を問わず兵役のある国。三十路オーバーのもやしジャップとは鍛え方が違うのだろう。しかし彼らに着いていければペースを保っていけるというものだ。

 

うっそうとした山道から、たまに抜ける開けた場所。空が見えれば満天の星、それに照らされた山々もうっすらと見える。素晴らしい景色だ。

しかしそれも長く続かない。ときには雨が降り、晴れたと思うと白い何かが舞う。これは……雪か!?

徐々に脱いできた重ね着達を戻していく。さすがは最後のクライマックス。一筋縄ではいかない。

 

キャンプ場を抜けると、彼らは休憩を取り、食事を摂り出した。先に行こうとも思ったが、行軍に慣れているだろう彼らに従った方がいいのでは、と思い直す。

「お前は食べ物を持っているか」と気にし、自分のがあるからと食べていると、オレンジを分けてくれた。イイ奴らだ。

 

キャンプ場を抜けた先、最後の1kmが最大の難所と言われている。他人様のブログでも「最後めっちゃきつかった」との記載が目立つが、何がどうきついのかわからなかったので簡単に書くと、ビューポイントの湖が山の上にあるためその山を登らねばならないのだ。キャンプしていれば別だが、9kmそこそこの山道を歩いた後に、急こう配な山を1kmの距離歩くのである。そら大変だよな、と思っていたのだが、現実は更に厳しかった!

 

そう、雪である。

最初は「ああ、さっきのね」程度に白かったり、道がちょっと凍ってるかな?程度だったのが、積雪の量が増え続け、最終的に足首が埋まるまでになってしまった。

なお、キャンプ場から来る組が入り乱れたことで、イスラエル人の団体と多分離れてしまった。多分というのは、暗くて顔わかってないからだ。前を歩いているのは彼らなのかどうなのか。まぁ、どうでもいい。それより雪だ。

 

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こんな感じ。そうです、もう完全な雪山。

ちなみに今私が履いているのはユニクロ製の布の靴3,980円くらい。言うまでもなくシティ用の履物で、防水加工なんてないし、靴の裏だってちょっと凹凸があるくらいだ。雪山はおろか、山用ですらない。滑るし中はぐちょぐちょで、止まれば凍ってしまうんじゃないかという状態。間違ってもこんなとこ来ていい状態じゃない!

 

もう布の服とこん棒でスライム相手に戦ってたらハドラーが通りかかったみたいな状況だ。雪あるなんて、あたし聞いてないっ!

どうでもいいがあの世界の王様、「魔王を倒してくれ」とか頼む割に100Gだけ寄越すって頭おかしいよな。その辺の小僧みたいな恰好してんだぞ、こっちは。せめてそこに立ってる門番の鎧と剣をよこさんかいっ!

 

いや確かに、最後のクライマックスだけども、命掛かるレベルの人生のクライマックス的な意味で言ったわけじゃないんですけど!!

 

それでもなんとかあの山の上に行けば……あ、ここゴールじゃないんだ……を繰り返して、ついに頂上へ!キャンプインしていたTさんもいる。そしてこの方向にフィッツロイがっ!

f:id:haruki0091:20171220081402j:plain見えねぇー。

 

これは……霧?雲?どっちでもいいが、もう何も見えない。既に空は白み始めている。が、これでは燃える炎のフィッツロイや金色に輝くフィッツロイは厳しいだろう……。

 

Tさんはここに一番乗りだったらしく、深い雪の中に足跡すらない状況だったらしい。

「昨日下見しておいてよかったです。ま、昨日は昨日で道間違えて迷うし、吹雪いてて死ぬかと思いましたけど」

それ、遭難ですよね。確かにね、ここ来る間、「なんかあったら雪山登山で救助呼ぶ人批判できない」みたいな、同調圧力と自己責任論に裏打ちされた日本人的思考が私を支えていましたけどね。Tさんの靴も、私よりはましだがトレッキングシューズではない。ここに登山に来た人間とはやはり装備が違ってしまう。

 

イスラエル人も登って来た。女の子が最初に着き、あとからぞろぞろ。

「彼女早いだろ?ワンダーウーマンなんだ」

そういや、最新のワンウーさんことガルガドット姐さんもイスラエル人だっけか。二児の母だし、本当にあの人ワンダーウーマンって感じだよね。

 

そんな中、ついに太陽が顔を出す。

 

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ああ、キレイ。普通にこれが絶景じゃないか。向こうの方は晴れているな。そのうちに赤い光が差し込んできた。今だ!

 

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燃える炎のフィッツロイ(エア)

 

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さらに時間が経過し、金色に輝くフィッツロイ(エア)

 

なんかこう、見えますよね、それっぽいものが。こう、心の目で見てください。念写してください。それがあなたのフィッツロイです。人がそれぞれ心に描く姿こそが、その人だけのフィッツロイなんです。

 

しばらく待とうとしていたものの、濡れたズボンのすそに続いて、靴の先が凍って来た。安全靴みたいな固さだ。寒くはないが冷たい。凍傷になるんじゃないかみたいな危機。

 

イスラエル人をはじめ、諸外国人は適当に記念撮影し終えると、さっさと下り始めた。さすが軍人は決断が早い。鍛えられている連中は違うな。

しばらく粘ったが、雲の厚さから回復はないだろうと判断し、道を下ることに。

この下りが正に地獄!踏み固められて滑る道!これは……し、死ぬかもしれない!

間違いなくこの旅始まって以来の悪路!割と急な道なんですけど!滑ると一歩間違うと死ぬんですけど!キツかったとか言ってた人らも、ここまでのは経験してまい!ま、大体の人が2~3月に行ってるから状況違うだろうけどな!クソ、オンシーズンじゃなかったのかっ!?

きっとイスラエル人たちはこれも見越して、踏み固められる前に降りたに違いない。さすが軍人は判断力が違う。

 

山を下ると気温も上がり、歩きやすくなってきた。靴も解凍されたし。

途中、私が1か月前までフィッツロイもアウトドアブランド含めたパタゴニアも知らなかったというと、Tさんが驚愕していた。

「ノースフェイスとコールマンは知ってます」

「そこら辺と同じくらいの知名度です」ということで丁寧に教えてくれたが、どうも知らない方がマイナーだったようだ。どうりで他の人のブログでも仕切りに紹介されたり、着ている服のロゴを指さして記念撮影していたりと、ことさらに強調されていたわけだ。

 

しかしこう、見られなくて残念ではあるし、苦労して登って山以外はコンディション最高だったのでたいへん悔しいのだが、なんていうか、自分の知らないハリウッド女優が歩いてるの見逃したみたいな、何とも言えないレベルなんだよなぁ。

やはり思い入れがないとそんなものなのかもしれない。

 

「キャンプ場から昨日少し見えたんで、そこ行ってみましょう」

というTさんの提案に従って行ってみると……

 

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おお!アレか!?アレなのか!?

フィッツロイは標高3345m。激しい気流が峻険な頂に衝突して空気の塊の凝結が起これば、山頂が煙を吐いているように見える。その姿から、先住民が「エル・チャルテン(煙を吐く山)」と呼んだという。

その特徴的なシルエットから、多くのクライマーや旅行者たちを魅了し、アウトドアブランド「Patagonia」のロゴにもなっている、結構あこがれの地だったりするのである。

 

こんだけ盛り上がっておいてなんだが、あとで知った。この右側の霧で隠れてる方がフィッツロイなんだってさ。でもこの見えてるとこの方がカッコいい気がするんですけど!

 

まぁこういったわけで、無事何となくフィッツロイも見えた。元々あこがれていたわけでもないので、これだけ見られれば充分である。

 

キャンプ場でTさんに別れを告げ、来た道を戻る。

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このあたりの景観も素敵。

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行きは暗くて全く見えなかったからね。こんなとこ歩いてたのか、みたいな連続。

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途中の展望台から。さっきより見えるか?

 

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入口の看板。帰りに見ても感慨深い。途中でこれから登る人らとすれ違いまくっていたが、どうも諸外国の方々は朝焼けのフィッツロイにそこまで関心がないか、きついからやらないかのどちらかなんだろう。そう考えるとやはりイスラエル人の軍人魂は……もういいか。

 

慌てて戻ってチェックアウト。ギリセーフだったな。

全工程合わせると、確かに9時間半くらい経っていた。帰りの方が早かったけど。

そして歩数計を調べたら、あれ、今日だけで28km歩いてるけど……まぁ、よし!

 

この日の夜のバスでの移動のため、10時間近く空いている。しかしチェックアウト後だから眠れないし、今から別の所に行くのも……スゲー歩いた後だからなー。

 

とダラダラサンドイッチ食べたりしていると、Tさんも戻ってきた。結局朝意向でいいタイミングもなかったようだ。

キャンプ用品の返還に向かったようだが、シエスタの時間で店が閉まっていた様で、先に預けていたバッグを取りに来たというわけ。例に漏れず、このホテルのスタッフも休憩時間に入っており、やって来た客たちもチェックインできずに待っている。この徹底したところ、不便だけど日本も少しは見習っていい気がする。

 

その後キャンプ用品返すのに付き合って、そのままワインを買って戻ってきた。ネットも繋がらないので、酒を飲むくらいしかすることがない。先にバスが出るTさんをターミナルまで送った。

 

その帰りに、フィッツロイの方。

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あーこれ、今日はダメっぽいな。運の勝負だというのがよくわかる。確かに、ちゃんと見た人らって何日か粘ってたもんなぁ。

あ、彼、大容量バッテリー置いていってる……

 

かくして時間まで通した私は、増えた荷物を抱えて、24時間近いバスの旅に赴いた。24時間て、多分今回最長だな。

 

21;50発で、夕食付。

f:id:haruki0091:20171220083029j:plainパンの外にチーズとチキンの加工物。……挟んで出しても、罰は当たらないと思うぜ?

ホットフードが良かったけど、ここ始発じゃないから仕方ないのか。

 

夜出発ということで、翌日夜の到着になる。ならもうちょい早く出てくれよって感じだが、致し方ない。

 

ついに旅が終わってしまうな。もう危険なところはないかもしれないが、そういうときこそ気を引き締めねばなるまい!

 

魅惑の浪漫が、我を呼ぶ!