新劇場版 世界の果てまで行って:破

新劇場版 世界の果てまで行って:破(仮)

このブログは、特撮オタクの私が、5年半努めて勤めた会社をやめて、ユーラシア大陸をめぐる物語である。〈背景のモデルはフルスクラッチです:自慢〉

第六十七話 Tより永遠に/命満ちる土地 ~Moon Villageより、愛をこめて~

出立73~76日目 タイ14~17日目 パーイ4~7日目

 

ご無沙汰です。

 

宣言通り、ネットの使える環境におらず、だったわけで。

 

Moon Villageでキャンプしてきた。

村の概要は、先日の通り。

 

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どこにでもテント張ってよし。自分の波動に合うところ、とのことだった。

覇道」なら村長の家の中にテントを張る所だが、おそらく前者だろう。自重した。

 

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今年はワーキングキャンプということで、公民館的な建物「六角堂」の建て替え工事があり、そのお手伝いをすると、一食浮くぜ、得したね!ということなので、それを。

 

代替10時スタートの14時~15時終わりの日程。

 

一日目はとりあえずテントを張ってステイするところまで。

近場のレストランがすでに閉まり、飯を食わないまま、早々に寝ることにした。

 

「電気もない、水道もない」、日が沈んでしばらくすれば、全くの静寂に包まれた闇がやってくる。その日はかすかに曇りだったために、ほの白い闇の中。

リョウ君とは、テントを離していたため、周りには誰もいない。虫の声、川の音、風の吹く音。そして腹の虫の音。

とんでもないところに来たものだ、と貧血気味になりながら、夜の闇に溶けていった。

 

早くも土地の気に当てられたのかもしれない。

ふらふらとトイレに起きると、満天の星空が広がり、黙ってその光を見つめていた。

 

翌朝、台所まで下りていくと、長老のケンさんがコーヒーを淹れていた。朝の日課らしい。

お世話になっているKさんが、僕らに朝食を用意してくれた。

自家製味噌で煮た、赤米の雑炊。無駄なもののない、シンプルなうまさだった。

 

ケンさんの淹れてくれたコーヒーを啜りながら、身の上の話しなんかをする。日が昇り、徐々に六角堂に日が射してくる。そこに村の住人たちが次々やって来た。Dさん夫妻の持って来てくれたマサラティーは甘くておいしいし、Kさんの淹れた薬草茶は苦くて独特の味だ。

 

その日の作業の話しが始まる。六角堂の改修工事は屋根の葺き替えから始まっており、僕らは屋根を剥ぐ、骨を接ぐ手伝い、といったことをする。

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その間にもケンさんは竈に泥を塗りこんでいく(アリ塚を崩したモノ、だったか)。その竈も、つい先日出来たものらしい。日々変わっていく、ということが実感できる。

 

ここからは大工仕事の様なもの。そういえば、小学生の頃はこんなことをしていたな、と思考が飛ぶ。久しぶりに、自分以外のもののために汗を流した。

 

お昼には、Kさんの作ったライフケーキと完熟パパイヤが振る舞われた。

ライフケーキは、ナッツや木の実などがふんだんに練り込まれた蒸しケーキで、触感が楽しい、優しい甘さ。パパイヤはフルーティでこれまた楽しい。

 

残る作業を適度にこなして、この日の作業は終わり。工事は僕らを含めて5人、別途女性2人が炊事をしている。

あまりハイペースで作業を進めたくない、というのがケンさんの本音のようだ。

次はどうしてやろうというところで盛り上がり、早く作業をしたくなるのだが、「あまり急いでやると、やることがなくなるから、嫌」と。

 

いいなぁ、そういう考え方。日本にはない考え方だ。ニートでも急いでいるような国では見たことがない(スゲー暇な会社員はそんなこと言っていたかも知れないが、ポジティブではないよな)。

 

その後食べた、自家製乗りの佃煮入りのおにぎり。超うめぇえええええっ!!!

おにぎり。これだよ。俺たち農耕民族が欲してやまないものはおにぎり。これでいいんですよ。

 

腹は膨れたばかりだが、15時を回れば、夕飯のことを考える必要がある。日が沈めば、できることは限られる。慌てて食材を買いに行き、膨れた腹のままクッキング開始。

僕はタダで使える青パパイヤでなんか作るぞ!と意気込んだが、超異次元素材である。

調味料も限定され、調理環境も限られている。暮らしの中に修行あり、ですね、マスター・シャーフー!

きゅうり的な感じで、火を通すとジャガイモみたいになる、ということだったので、浅漬けとカレー炒めを、結果的につくった(結果的に、とは、切ってみたら思った以上にボリュームがあったから)。

塩、酵素(自家製酒粕かなんかが原料だと思う)、しょうがと柑橘類(何だったかなー、村に生えてる)を混ぜて作られたちょっと甘い奴を混ぜて浅漬けに。

自家製たまり醤油とガラムマサラターメリックで味付けした炒めものを。

工夫した風に書いているが、それしかないから、基本的にサルでも思いつくよな。

 

リョウ君のパスタと、さらにKさんが差し入れてくれた米麺のミャンマー風炒めも食べると、パパイヤ軍団は残る。

「そしたら、明日の作業の時にみんなに出したらいいよ」とKさん。シェアか。スゲーな、と関心。

Kさんの作ったパパイヤワインを見ながら竈の火を囲い、ヒッピーの歌を覚えた僕らは、インドでインド人に歌や楽器を教えているという、これまたレベルの高いNM夫妻のもとへ。歌を披露してやんぜ、と意気揚々と乗り込んだところ、自家製ネギ焼きをごちそうになってしまった。

は、腹がいっぱいなのに!うまい!キッコーマンが!大根おろしが!

 

日本系の味付け攻撃が、筆舌にしがたくなってきたな。

 

さすが二人はプロで、楽しく遊んだ我々は、それぞれのテントに戻った。

 

翌朝は柔軟していたところで猫に絡まれた。

総勢十匹の猫が自由気ままに暮らしているわけだが、その中の一匹と一緒に、今は使われなくなった廃屋の下のベンチで、ぼんやりと日光を浴びていた。

 

仕事場に行くと、リョウ君がコーヒーを淹れており、一服したところで、その日の作業を開始した。

 

順調に進んだところで、お昼ごはん。雑穀おにぎりと昨日作った青パパイヤサラダをKさんがアレンジした一品。うまい。おにぎりは何日続いても、おじさんOKだな!

 

翌日に帰る、ということを話したところ、それなら今日はお別れパーリィ&竈ライブだ、となった。本来なら数日のステイでここまでしていただくのは……お言葉に甘えることにした。

さらに、午後の作業は取りやめ、代わりにコーヒー農場で収穫~炒るまでを体験させてもらえることになった。

Dさんの家になった実をとり、剥いて実際にコーヒーになる部分を分ける。

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それをリョウ君が炒る。徐々に黒い、なじみのある色に変わっていき、香りと艶が出てきた。スゲー!いい感じだ!

 

ぼやぼやしていると日暮れになるため、いそいそと竈へ。パーリィは一品ずつ持ち寄るので、こちらも調理が必要なのだ。

 

ケンさんのお好み焼(というよりキッシュ。卵入れすぎwww)、HさんとKさんのダル、Dさんのところの「お子様パスタ」(ケチャップ味)はどれもおいしい。

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竈ライブはリョウ君から始まり、ケンさん、久しぶりにステイに来たKJさん、昨晩のNM夫妻とかわったりセッションしたりで、6時間以上の長丁場にwww

その間に、いろんな話をした。

 

Moon Villageといえば、日本人のバックパッカーがやたら来たがる場所(まぁ、結果的に僕も)なのだが、ブログやらに記事を上げる人間は、基本的に日帰りで、表面をさらっと触れて帰っていく。もし一人で来ていたら、僕もそうしていただろう。

 

ここには、本物のヒッピーたちがいる。

普通に暮らしていたら、ベトナム反戦などの過去の遺物や、メディアを通したちょっとイカれたイメージ(どこを正位置とするかなので、ここは否定できないが)しか知らないかと思う。僕も多分に漏れない。

本来ならそっち方面の意識の高い人間たちが、ある程度の経験や知識を蓄え、高めた状態でやってくる場所に、つい半年前まで渋谷で広告宣伝なんて、渋谷で広告宣伝なんて、資本主義の真っ只中にいた人間が、勢いで飛び込んでいる。おお、神よ、神。何をなせと?

 

かつて上司に「お前、資本主義否定してるよな」と言われ、確かにと思っていたわけだが、対極でも状況変わらんな。半端か?ここでもハーフボイルドか?

 

ケンさんに何か求められたが、相棒と違い、ギターで歌を歌うこともできなければ(仮にできても、彼らの好むような曲は知らないね)、コーヒーを淹れることもできない。というか、持っているスキルは何一つ役に立たないぞ? ま、だいたい宴会芸みたいなもんだけどな!

 

そんなわけで、全くの異端者として、正直な感想を求められた。

 

生活様式の違いから、流れる時間も違う(火を起こさないといけないし、水汲みに行かないといけないしね、端的に言うと)。

そして、住民同士のつながりも強い。人数が少ない、というのもあるが、互いに助け合い、共に生きる共同体=まさしく「村」だ。

 

そして、オーガニックな話、他国の話、たましいの話……もう次元の違う話が飛び交う。

(最近の関心事?シンギュラリティです。クリシスみたいのがあと30年でできるんですって!ええ、やはり真逆です)

 

そんな話を真剣に、臆面や恥ずかしげもなく話したことなどあっただろうか。

彼らは先が見えないトンネルの様で、底の見えない深淵であった。人間的な深み、といえようか。これまであったことのないタイプであることは間違いない。特に、ケンさんやNM夫妻は年齢もあるが、仙人然としている(どうやらこの3人、ヒッピー界でも相当高レベルらしい。そうそうこの上がいてもらっては困るwww)。

 

もっとも、日本で出会った人々とはこういう話はしないからなぁ。

「彼らは深い」と思ったのは事実だが、他の人たちの心の底まで覗けたことだってない。やはり、人間は面白いな。

 

そんなことを話した。あ、営業トークみたいなものは使えたか。

 

すっかり熱に浮かされて音楽に身を委ね、炎を見つめた。インド民謡のセッションのときには、はるか遠くの日本を、父母を思い出し、温かい気持ちに包まれていた。

 

翌日。昼前まで少しだけ手伝った僕らは、チェンマイに戻るため、村を去ることに。

 

去り際にKさんにも言われたが、ここまで歓迎されたケースはかなりレアだったようだ。

もちろん、リョウ君の存在が大きかったのは間違いない。しかし、対極にある様な僕がこの村に滞在し、多くのことを学ぶに至ったということは、彼らの言葉を借りれば、そういうカルマなのであり、何か意味のあることなのだと思う。

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今は未だ、思想までまるっきり変わってはいないだろうし、すべて受け止められたとも思わない。視点が増えた、というのが正直な状況だろう。やはり、体験するということは、何事にも代えがたい。

これからの旅も通して、何をどう生かすのか、自分自身で確かめていき、いつかまた、この村の門をくぐる日が来るだろう。それが楽しみである。

 

チェンマイで2日ほど滞在予定。またあのパン屋に行きたい。